このページでは、イングランドにおけるADHD(注意欠如・多動症)の診断プロセスについて解説します。記載内容は、NHS(イギリス国民保健サービス)のウェブサイト、イングランドNHS、NICEガイドライン、そのほかNHS傘下の医療機関が発表している情報に基づいています。ADHDは、不注意・多動性・衝動性を主な特徴とする発達障害であり、子どもから大人まで幅広い年齢層に影響を与えます。イングランドでは、NHSを通じて無料で診断・治療を受けることができますが、現在は待機期間が非常に長くなっています。
1. イングランドのADHD診断における2つの枠組み
イングランドのADHD診断は、主に以下の2つの枠組みのもとで行われています。
【臨床ガイドライン】NICE NG87
NICE(National Institute for Health and Care Excellence:国立医療技術評価機構)が発表しているガイドラインNG87(最新版/2025年レビュー済)は、子ども・若者・大人すべてを対象とした、ADHDの認識・診断・管理に関する臨床指針です。診断基準、評価方法、薬物療法・非薬物療法の選択、医療サービスの組織体制などについて定めており、イングランド全土の医療機関が遵守すべき基準となっています。

【支援アクセス枠組み】NHS England・ICB
NICE ガイドラインを前提に、NHS Englandおよびその傘下にある各 ICB(統合ケア委員会:Integrated Care Board)が自地域のADHDアセスメントのパスウェイをどう設計・委託するかを示し、各地域のADHD診断サービスの体制・予算・委託を管理しています。地域によってサービス内容や待機時間に差があります。

2. 診断を担うチームと地域体制
ADHDの診断は、専門的な訓練を受けた以下の医師(精神科医や小児科医など)が行うことができます。かかりつけ医(GP)が診断を下したり、薬を処方したりすることはありません。
【診断や投薬が可能な職種】
・精神科医 Consultant Psychiatrist
(Consultant Child and Adolescent Psychiatrist/General Adult Psychiatrist)
・小児科医 Consultant Paediatrician
(Consultant Community Paediatrician/Consultant in Neurodevelopmental
Paediatrician)
子ども・若者(CYP)の場合は、臨床心理士、看護師、言語療法士なども評価チームに加わることがあります。成人の場合は、主に精神科医が評価を担当しますが、診断ルートが小児➡成人切り替わる年齢については各自治体のNHSシステムにより若干異なります。また各地域のICBが診断サービスを委託・管理しており、地域ごとにサービス提供機関(CAMHS,小児科など)や待機時間が異なります。
3. 標準的な診断プロセス
以下は、イングランドにおけるADHD診断の一般的な流れです。子どもと大人で初期の入口が異なりますが、専門機関への紹介以降は共通したステップとなります。プライマリケアにおいて、以下の基準に従って専門機関(小児科やCAMHS)への紹介を行います。行動や注意に関する問題が子どもの成長や家庭生活に影響を与えている場合は、最長10週間の「様子見期間」が設けられることもあります。それでも問題が続く場合は専門機関(子ども精神科、小児科、またはADHD専門のCAMHS)に紹介されます。重篤な障害を伴う場合は、経過観察を経ずに紹介が検討されます。
《ステップ1》最初の相談窓口と専門機関への紹介
【子ども・若者の場合】
ADHDの診断を受けるための最初のステップは、学校or医療機関への相談です。
学校に相談する場合:担任の先生、またはSENCO(特別教育ニーズ・コーディネーター)に相談してください。
医療機関に相談する場合:かかりつけ医(GP)に相談してください。
相談を受けた担当者が必要と判断した場合、CAMHS(児童・青年期メンタルヘルスサービス)、地域小児科チームなどの専門機関に正式な紹介(referral)を行います。
〈誰がCAMHSなどの専門機関に紹介できるか〉
CAMHSなどへの紹介が可能な職種は、お住まいの地域のNHSの方針によって異なります。
| 職種 | 具体的な職種 |
|---|---|
| 医療職 | GP、小児科医、スクールナース、 ヘルスビジターなど |
| 福祉職 | ソーシャルワーカー |
| 学校の専門職 | SENCO、教育心理士、 行動サポートチーム |
地域によって異なる点: 一部の地域では、GPや医療職などの「専門職のみ」がCAMHSへ紹介できる仕組みになっています。一方、別の地域ではSENCOやソーシャルワーカーなど、より幅広い職種による紹介が認められています。自治体のNHSにより異なるため、詳細はGPや学校、関連支援職、もしくはHPでご確認ください。
【大人の場合】
かかりつけ医(GP)に相談し、精神科医(成人精神科)などの専門家への紹介を依頼します。GPが紹介を断る場合は、セカンドオピニオンを求めたり、別のGPに変更したりする方法があります。それでも解決しない場合は、Individual Funding Request(IFR)や民間医療機関(Private病院・クリニック)での診断も選択肢となります。
《ステップ2》専門機関への紹介
GPが紹介状を発行し、NHS専門機関(CAMHS、地域小児科チーム、成人精神科など)への紹介が行われます。紹介後、待機リストに登録されます。紹介に際し、学校や職場・家庭に関する情報、過去の医療記録なども収集されることがあります。また、専門機関から事前の質問票などが保護者や学校などに送付され、回答を求められることもあります。
《ステップ3》紹介後の判断と待機期間
紹介後、アセスメントが妥当と判断された場合は待機リストに登録されます。場合によっては「基準を満たしていない」等の理由でアセスメント自体を行わない旨の判断が下される場合もあります。
NHS標準の待機期間は、現在(2026年時点)、成人で2〜5年、子どもで2〜4年とされています。NHS以外のアクセス手段については《ステップ3別オプション》を参照してください。
《ステップ4》事前情報収集
評価開始前に、専門機関から保護者・本人・学校・職場などへ各種フォームや質問票が送付されることがあります(地域の専門機関の方針や状況による)。
一般的に収集される情報は以下のとおりです。※《ステップ3》のアセスメント可否の判断のために記入が必要な場合もあります、
・保護者記入の評価スケール(例:コナーズ評価スケール、ADHD Rating Scale)
・学校側記入の評価スケール(例:コナーズ評価スケール)
・学校からの情報提供(SEND Pupil ProfileやRequest for Information Formなど)
・その他の専門家からの報告書
《ステップ5》専門家による評価・アセスメント
ADHDの診断:どのような要素に基づいて判断されるか
専門家は、次の3つをすべて総合して診断を行います。
1. 臨床的・心理社会的評価
家庭、学校、友人関係など、日常生活のさまざまな場面での行動や症状について、詳しく話し合います。
2. 発達歴・精神科的既往歴
生まれたときから現在までの発達の様子や、これまでにかかった病気・診断などを詳しく確認します。
3. 観察者によるレポートと精神状態の評価
保護者や先生など、日常的に子どもを観察している人からの情報をもとに、専門家が子どもの状態を評価します。
なお、アンケートや評価尺度(例:Conners評価尺度、Strengths and Difficulties Questionnaire等)および行動観察(学校場面等)も補助的な有用ツールとして使われることがありますが、これらのみで診断を決めることはできません。6〜17歳の子どもには、QbTestというデジタル検査が選択肢として使われることもあります。
※成人の評価には、DIVA 5.0やCAARSなどのツールが使用されることがあります。
アセスメント面談の時間は、成人で約90分、子どもで約2時間程度とされていますが、状況により異なります。
《ステップ6》診断結果の通知
評価後、書面による報告書が通常2〜4週間以内に提供されます。
診断は「ADHD:不注意優勢型」「多動性・衝動性優勢型」「混合型」のいずれかで行われます。
4. 診断基準
ADHDと診断されるためには、多動性・衝動性・不注意の症状が、以下の3つの条件をすべて満たす必要があります。
- DSM-5またはICD-11の診断基準を満たすこと
- 面接または複数場面での直接観察に基づき、学習、人間関係、日常生活などのなかで少なくとも中程度の支障をきたしていること
- 社会・家族・教育的な場面を含む2つ以上の重要な場面において頻繁に症状が見られること
5. 診断プロセスで考慮されるその他の要素
診断では症状だけでなく、以下についても評価されます。
- 子どもが抱える他のニーズや、ADHDと併存する可能性のある状態(自閉スペクトラム症、不安障害、学習困難など)
- 社会的・家族的・教育的な環境
- 身体的な健康状態
- 保護者・養育者自身のメンタルヘルス
また、可能な限り子ども自身の意見や気持ちを尊重し取り入れられることが求められています。
5. ADHDに対する薬物療法
ADHD薬は、ADHDの診断と管理に関する専門的な訓練を受けた医師のもとで始めることができます。かかりつけ医(GP)がいきなりお薬を処方することはありません。また、薬を始める前には必ず「環境調整(environmental modifications)座席配置の変更、騒音や照明の調整、集中できる環境づくりなど」を実施・評価することが求められます。環境調整を行ってもなお日常生活に著明な支障が続く場合に、はじめて薬物療法が検討されます。
さらに投薬開始前には、子ども本人・保護者と以下について話し合います。
- 薬を使う場合と使わない場合の効果とリスク
- 本人の既往や家族歴(心疾患など)、現在の身体的コンディション
- 副作用の可能性
- 健康的な生活(食事・運動)の重要性
- 本人・家族の希望や懸念
【年齢別の薬物療法の方針】
《5歳未満の子ども》
薬の長期的な影響の懸念のため、5歳未満には原則として薬は使いません。まずADHDに特化したグループ親支援プログラムが第一選択です。プログラムと環境調整を行ってもなお著明な障害が残る場合は高度専門機関の紹介・相談が検討され、投薬は必ず専門家の意見を得た上で検討されます。
《5歳以上の子ども・若者》
診断がなされ環境調整の実施・評価後もなお、学校・家庭・社会生活など少なくとも1つの場面で症状が持続し、著明な支障をきたしている場合に薬物療法を提供します。
【用量調整(タイトレーション)とモニタリングについて】
薬を始めてすぐに最適な量が決まるわけではありません。症状の改善・行動の変化・学習や人間関係への効果と、副作用のバランスを見ながら、少しずつ調整していきます。調整期間中は保護者・教師が標準評価尺度などを用いて記録し、専門家と定期的に連絡を取りながら進めます。
また、副作用などのチェックのため、身長・体重・心拍数・血圧・睡眠・チック・行動の変化などが定期的にモニタリングされます。
※血液検査やECG(心電図)は、臨床的に必要な場合を除いてルーティンでは行わないとされています。
【定期レビュー】
ADHDの専門家が少なくとも年1回、包括的な薬の見直しを行います。初期はこの限りではありません。これは自治体のNHS専門機関や個人の状況により異なります。レビューでは主に以下を確認します。
- 本人・家族の希望
- 1日を通じた薬の効果
- 副作用の状況
- 学校生活・日常生活への影響
- 休薬や用量減量の効果
また、「薬をやめてみたい」「量を減らしたい」という希望は、いつでも専門家に伝えることができます
6. ADHDの薬、診断後はだれが管理するの?
ADHDと診断されてお薬が始まると、「これからずっと専門病院に通い続けないといけないの?」と心配される保護者の方も多いかもしれません。イギリスのNHSでは、状況に応じてかかりつけ医(GP)が処方に関わる仕組みが整っています。
【お薬を始めるのは必ず専門家】
まず大前提として、ADHDのお薬を最初に始めること(投薬の開始)と、量を少しずつ調整すること(用量調整)は、GPではなく、ADHDの診断・管理に関する専門的な訓練を受けた医師が行います。
【量が安定したら、かかりつけ医が関わることも】
薬の量が決まって状態が安定した後は、「Shared Care Protocol(共有ケアプロトコル)」という仕組みのもとで、かかりつけ医(GP)がその後の処方やモニタリングを担うことができます。
これは専門病院とかかりつけ医が連携しながら、役割を分担して子どもを支えていく仕組みです。専門病院に毎回通わなくても、近くのかかりつけ医で定期的な処方や確認ができるようになる場合があります。ただし、専門病院とかかりつけ医のどちらがどこまで担うかは、お子さんの状況や地域のサービスによって異なります
7. 薬物療法の定期的な見直しについて
お薬が安定していても、ADHDの管理に精通した専門家が少なくとも年に1回、包括的な見直し(レビュー)を行うとされています。このレビューでは以下のことを確認します。
- お薬が1日を通じてきちんと効いているか
- 副作用はないか
- 学校生活や日常生活への影響はどうか
- 本人・家族の希望や不安はないか
- お薬を続けるべきかどうか
このレビューは、薬が本当に必要かどうかを定期的に確認するための大切な機会です。頻度はあくまでガイドラインに基づいたものであり、個人の状況や自治体のNHS機関ごとに異なります。
【非薬物療法】
CBT(認知行動療法)などの心理的支援も治療の選択肢として提供されることがあります。
8. 「やめたい」「変えたい」と思ったらいつでも相談を
お薬を止めたい、量を減らしたいと感じたときは、いつでも医師に相談することができます。途中で気持ちが変わっても問題ありません。治療の決定には、基本的に本人と家族の意思が尊重されます。また、お薬の飲み忘れや受け取りの遅れなど、ADHDの症状そのものが服薬の継続を難しくすることがあることについても、サポートが提供される場合があります。
9. 学校への連携
診断後、または症状変化・学校移行時には、同意を得た上で学校に対して以下の情報を提供することが求められます。
- ADHD診断の妥当性と学校生活への影響
- ADHDと他の併存疾患(SpLDなど)の区別と必要な対応の違い
- 治療計画および特別な教育的ニーズ(合理的配慮・環境調整を含む)
- 学校からのフィードバックの重要性
《ステップ3番外編》:待機中にできること・別の診断経路
NHS標準の待機期間は非常に長いため、以下のような代替手段や活用できる制度があります。
【Right to Choose(選択の権利)制度】
メンタルヘルスサービスに関してRight to Chooseという法的権利があり、NHS資金で資格のある別のプロバイダー(民間機関を含む)でNHSによる評価を受けることができます。NHS標準よりも短い待機時間での診断が可能な場合があります。費用はNHSが負担します。
【民間診断(Private Assessment)】
最も迅速に診断を受ける方法ですが、費用が自己負担となります。NHS England で示された価格の参考値として、成人の対面評価は£850、ビデオ評価は£700、子ども・若者の対面評価は£950とされています。
待機期間中は、環境調整(職場・学校での合理的配慮の申請)や支援団体への相談も有効です。
10. 診断結果に納得できない場合
もし診断結果に納得できない場合や、GPが専門機関への紹介を断った場合には、以下の手段が考えられます。
・セカンドオピニオンを別のGPや専門家に求める
・GPを変更する
・Right to Choice制度を活用し、別のプロバイダーでの評価を受ける(ただし一定の制約・条件あり)
・ADHD UKなどの支援団体に相談する
・地域の診断サービスがない場合は、個別資金申請(Individual Funding Request)をICBに申請する
・民間の診断機関を利用する(費用は自己負担)
11. 診断を受けることの意義
ADHD診断を受けることで、適切な支援・治療へのアクセスが可能になります。職場や学校での合理的配慮を公式に申請できるようになるほか、薬物療法・心理的支援を通じて日常生活の質を向上させることが期待されます。
NHSは今後、ADHDをより多くの人が適切に認識・診断・支援されるべき「ありふれた(common)」疾患として位置づけ、診断アクセスの改善を国全体の優先課題とすることを求めています。
参考資料
本ページの記載内容は、以下の資料に基づいています。
1. NHS.uk. “ADHD in adults.” Last reviewed March 2025.
2. NHS.uk. “ADHD in children and young people.” Last reviewed March 2025.
3. NICE. “Attention deficit hyperactivity disorder: diagnosis and management (NG87).” 2018, updated September 2019, last reviewed May 2025.
4. NHS England. “Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder (ADHD) & Autism Diagnostic Assessment Services Payment Guidance 2026/27.”
5. NHS England. “NHS England responds to ADHD Taskforce final report.” 6 November 2025.
6. ADHD UK. “Diagnosis pathways for Adult ADHD.”
7. ADD-vantage / ADHD UK. “ADHD assessment pathways” (summary card).
8. NELFT NHS Foundation Trust. “ADHD pathway and assessment process.”
9. Countess of Chester Hospital NHS Foundation Trust. “ADHD Pathway.”
10. ENS Care & Support. “How long does an ADHD assessment take in 2026.” May 2026.