1. SpLD とは何か
お子さんが「文字の読み書きが苦手」「算数がなかなか身につかない」「手先の動きがぎこちない」といった困難を抱えているとき、その背景に SpLD(特定学習困難)がある場合があります。
SpLD は、全体的な知能には問題がないのに、特定の技能領域だけに困難が生じる状態です。イギリスの SEND Code of Practice(特別な教育ニーズ・障害に関する国の実践規範)では、SpLD は「Cognition and learning(認知と学習)」のニーズのひとつとして位置づけられています。政府の幼児教育向けガイダンス(EYFS)でも、早期からの識別と支援が求められています。
〈〈代表的な SpLD の種類》
- ディスレクシア(Dyslexia):文字の読み・書き・綴りが難しい
- ディスカリキュリア(Dyscalculia):数の概念や計算が身につきにくい
- 発達性協調運動症(DCD/Dyspraxia):体の動きの調整が難しい
- ディスグラフィア(Dysgraphia):文字を書くこと自体に困難がある
| 重要なポイント |
| イングランドでは、一般的に、SpLD の「診断」は NHS の医師ではなく、主に 教育心理士(Educational Psychologist) や Specific Learning Difficulties(特定学習困難)の評価を行う専門家であるSpLD 専門アセッサー が行います。NHS の GP(かかりつけ医)は SpLD の診断はできませんが、聴力・視力など他の原因がないかを確認するために相談することは役立ちます。 |
2. 診断に関わる専門職と地域体制
SpLD のアセスメントには以下のような複数の専門職が関わります。自閉症や ADHD のようなNHSの診断チームが一括して担うのではなく、学校・地方自治体・民間の専門家が連携してアセスメントを行う仕組みとなっています。
| 関わる専門職 | 役割 |
| SENCO (特別支援教育コーディネーター) | 学校内で特別な支援ニーズを見極め、スクリーニング(簡易検査)や外部専門家への紹介を調整する役割を担います。まず最初に相談する相手です。 |
| Educational Psychologist (教育心理士) | 地方自治体の教育心理サービス(Local Authority Educational Psychology Service)に所属、またはPrivate(民間)で開業する専門職として、包括的な診断的アセスメントを実施します。英国心理学会(BPS)への登録が必要な資格です。 |
| SpLD 専門アセッサー/専門教師 | ディスレクシアなどのアセスメントを行うことができる、Assessment Practising Certificate(APC)を保有する専門教師。英国ディスレクシア協会(BDA)や PATOSS が認定した専門家のリストを公開しています。 |
| GP(かかりつけ医) | SpLD そのものの診断はできませんが、聴力・視力など他の原因を確認したり、必要に応じて専門家に紹介したりする役割があります。 |
※ 地域によって関与するチームの名前や細かな手続きは異なります。地域の情報については、Local Offer、学校の SENCO、または地域の教育心理サービスにご確認ください。
3. 診断に至るまでの標準的なプロセス
以下は、イングランドにおける SpLD 診断の一般的な流れです。地域によって細部は異なりますが、大きな流れは以下の通りです。
| 公式ガイドラインの重要原則(SEND Code of Practice) |
| 「SpLD かどうかを確定すること」より先に、「困難があれば支援を開始すること」が強調されています。診断ラベルがつく前から、SEN support(特別な教育ニーズへの支援)を受けることができます。 |
| STEP 1 最初の気づきと相談 | Recognition |
多くの場合、保護者・教師など身近な人が、子どもの読み・書き・計算・運動面などに気になる点を感じることから始まります。(例:「うちの子、文字を読むのがすごく苦手……」「同じ年の子と比べて、算数が極端に難しそう……」など)
- 「読み・書き・計算・運動面に特異的な困難」を感じた場合、最初の相談先は担任の教師と SENCO になることが多いです。
- 必要であれば、SENCO が GP への受診を勧めることもあります。GP は SpLD の診断はできませんが、聴力・視力など他の要因を確認することができます(耳鼻科や眼科などの専門科紹介を通して)。
| STEP 2 学校での サポート とスクリーニング | SEN Support & Screening |
学校には「教育的ニーズを特定する義務」があり、SENCO が主導して以下の取り組みが行われます。
【SEN Support の開始】
診断を待たずに、この段階から支援が始まります。授業に加え、合理的配慮を行う段階です。例として小グループ学習、視覚的教材の活用、読み書き支援ツールの導入などが検討されます。アセスメントの結果を待たずに、この段階から支援を受けることができます。
【スクリーニング(Screening)】
SEN Support と並行して、SpLD の可能性があるかどうかを簡単に確認するための検査が行われます。これは「診断」ではなく、詳しいアセスメントが必要かどうかを判断するためのものです。
スクリーニングの典型的な内容:
- 教師・保護者への質問票:学習・注意・運動・言語などの行動の特徴を確認するチェックリスト
- SpLD スクリーニングツール:短時間で読み・書き・計算・動作のパターンを測定するもの。この結果自体は「診断」ではなく、詳細評価の要否判断に使用
- 学習環境での観察:困難が特定の技能に限られているのか、より広い課題なのかを確認
スクリーニング結果にもとづき、必要であれば Educational Psychologist または SpLD 専門アセッサー への正式な評価依頼が検討されます。
| STEP 3 正式なアセスメントへの紹介 | Referral for Formal Assessment |
追加支援を行っても困難が継続する、スクリーニングで明らかに本人にニーズがある場合に、SpLD の正式な診断的評価が検討されます。そのための紹介の方法は主に 2 つあります:
| ① 学校・SENCO 経由の紹介(原則として保護者負担なし) 学校や保護者が、地方自治体の教育心理サービス(Local Authority Educational Psychology Service)への紹介を依頼します。ただし、地域ごとのリソースや待機状況によって時間がかかることがあります。 |
| ② 民間アセッサーへの直接依頼(自費) 保護者が BPS(英国心理学会) 登録の教育心理士( Educational Psychologist )や、BDA・PATOSS 等の支援団体が紹介する認定アセッサーに直接依頼します。この場合、自治体などの助成がない場合は、アセスメントの費用を自己負担する可能性が高いです。 |
| STEP 4 事前情報の収集 | Pre-Assessment Information |
アセスメント開始前に、専門家からいくつかの情報提供を求められることがあります。:
- 保護者への質問票や面談:発達歴(言語・運動発達など)、健康状態、学校歴、家庭の読み書き環境
- 学校からの情報:学力の経過(標準テスト結果)、既に試みた指導法・支援、授業中の観察記録
- 医療情報(必要に応じて):聴力・視力検査結果、その他の既往歴など
| STEP 5 専門家による診断的アセスメントの実施 | Diagnostic Assessment |
公的ガイドラインに準拠したアセスメントには以下の要素が含まれます:
① 認知・情報処理に関する標準化検査
空間認知、言語理解、ワーキングメモリ、処理速度などを測る心理検査を実施します。全体的な知的能力と、特定の技能との間に大きなギャップがあるかを確認することが目的です。
② 学業技能に関する標準化検査
SpLD の種類によって、評価の対象となる技能が異なります。
- ディスレクシア:単語の読み、音の理解(音韻認識)、読む流暢さ、綴り
- ディスカルキュリア:数の概念を理解する力、計算、数字の処理
- DCD(発達性協調運動症):体の動きの調整、細かい手作業
③ 学習環境での観察と面談
- 教室や学習場面での観察:指示の理解・課題への取り組み方・時間管理・道具の扱いなどを確認
- 本人や保護者への面談:学校での経験、得意なこと・苦手なこと、自分なりに工夫していることなどを聞き取り
| STEP 6 診断結果の通知とレポート | Results & Report |
SpLD の診断は、1 つの数値だけで決まるものではなく 複数の検査や情報を総合した専門家の判断によって行われます。主に以下の条件が重視されます:
- 特定の技能領域(読み/書き/計算/運動など)において、年齢や全体的な能力と比べて有意に低いこと
- 発達歴・学習歴から、困難が一時的なものではなく一貫して存在してきたこと
- 視覚・聴覚の障害、全般的な知的障害、重大な環境的要因など「他の一次的要因」のみでは説明できないこと
【診断レポートに含まれるもの】
- お子さんの背景情報(発達歴、教育歴など)
- 実施した検査の一覧と各結果、認知プロファイル(得意なこと・苦手なことの整理)
- 学習技能(読み・書き・算数など)の達成度と解釈
- どの SpLD に該当するかの専門家判断(例:「moderate dyslexia」など)
- ● 学校・試験・日常生活などで必要とされる合理的配慮(reasonable adjustments)の具体的な提案
このレポートは、その後の学校での支援、試験配慮の申請、必要に応じた EHC ニーズアセスメント への申請など、さまざまな場面で活用されます。
| STEP 7 診断後の支援へのつながり | Post-diagnosis Support |
SpLD の診断がついたからといって、自動的に EHC プラン(Education, Health and Care Plan) が作成されるわけではありませんが、診断は必要に応じて EHC ニーズアセスメントに進むための重要なエビデンスとなります。
【学校での SEN Support の継続】
SEN Support の枠組みのなかで、診断レポートの提案をもとにした合理的配慮(例:試験時の延長時間、読み上げソフトの使用、別室受験など)が提供されます。学校の SENCO が引き続き調整役を担います。
【EHC プランへの移行(必要な場合)】
SpLD が重度であり、通常の SEN Support では十分な進歩が見られない場合は、より強い法的枠組みである EHC プランに進むことができます。
4. アセスメントを待つ間にできること
SpLD のアセスメントには待機期間が生じることがあります。その間でも、以下のサポートを早期に開始することができます。
| 分野 | 行動 | 内容 |
| 《学校・教育》 | SENCO に相談する | アセスメントの結果が出る前でも、SENCO や担任に相談することで学校での支援を開始できます。学校での状況を記録しておくと、アセスメントの際にも役立ちます。 |
| 《医療》 | GP に相談する | GP は SpLD を診断できませんが、聴力・視力など関連する医学的要因の確認や、必要に応じた専門家への紹介を依頼することができます。 |
| 《情報収集》 | 支援リソースを探す | 英国ディスレクシア協会(BDA)、Dyspraxia Foundation などの大規模慈善団体が、保護者向けの情報・ガイドを提供しています。 |
| 《地域支援》 | Local Offer を確認する | 各地方自治体は「Local Offer」として、地域で利用可能な SEND 関連の支援やサービス情報を公開しています。 |
5. 子ども・成人それぞれの補足
【子ども・若者(0〜18 歳)】
SEND Code of Practice にもとづき、学校には教育的なニーズを特定し支援する義務があります。SpLD のアセスメントへのルートは、学校の SENCO 経由が主流であり、地方自治体の教育心理サービスとの連携のもとで進められます。早期(就学前〜小学校低学年)の段階でも、保護者が気づきを感じた場合は SENCO または Health Visitor(乳幼児健康訪問員)に相談することが可能です。
【成人(18 歳以上)】
成人になってから初めて SpLD に気づく場合もあります。成人の場合、GP 経由またはアセスメント機関への直接依頼が主な紹介ルートとなります。多くの場合、費用は自己負担となります。高等教育機関(大学等)では、独自のアセスメント窓口を設けているところもあります。
6. NHS と SpLD の関係
SpLD は主に教育領域の概念ですが、NHS・GP・小児科等が関与する場面もあります。
- NHS は「Learning Disability(知的障害)」については診断とケアの枠組み(Learning Disability Register、Annual Health Check など)を整備していますが、SpLD(ディスレクシア・ディスカルキュリアなど)は「特定技能の困難」であり、NHS の Learning Disability サービスとは別の枠組みとして扱われます。
- SpLD の診断の主導は、NHS ではなく教育心理サービス側にあります。
- 「SpLD か、より広範な知的障害・発達障害か」が不明なケースでは、NHS と教育・社会ケアが連携して包括的なアセスメントと支援プランを策定することが公式ガイドで求められています。
7. 結果に納得できない場合
アセスメントの結果に同意できない場合の対応として、以下が考えられます:
- アセッサーに、なぜその判断に至ったかを詳しく尋ねる
- GP を通じて、別の Educational Psychologist によるセカンドオピニオンを依頼する
- 自費で、BPS 登録の別の Educational Psychologist に新たなアセスメントを依頼する
8. 全体プロセスの流れ(まとめ)
2026 年時点のイングランドにおける SpLD 診断プロセスは以下の流れに集約されます:
| STEP 1 | 学校・保育現場での気づき(保護者・教師・SENCO) |
| STEP 2 | SENCO 主導の SEN Support とスクリーニング(診断前から支援を開始) |
| STEP 3 | Educational Psychologist/SpLD 専門アセッサーへの正式評価依頼 |
| STEP 4 | 事前情報の収集(発達歴・学校情報・医療情報) |
| STEP 5 | 認知・学習技能・観察・面談を含む包括的な診断的アセスメントの実施 |
| STEP 6 | SpLD 診断の有無と合理的配慮・教育的支援に関する詳細レポートの発行 |
| STEP 7 | SEN Support の継続、または必要に応じて EHC ニーズアセスメント → EHC プランへ |
この枠組みは、ディスレクシア・ディスカルキュリア・DCD など特定の SpLD タイプに共通する「診断プロセス」の骨格として全体的なプロセスを示しており、個々のケースでは関与する専門職や具体的な検査が変わります。
| ※ このページはイングランドに適用される公的資料にもとづいています。スコットランド・ウェールズ・北アイルランドでは異なる制度が適用されます。また、地域の NHS トラストや地方自治体によって具体的な手続きは異なる場合があります。 |
参考文献
- NHS.uk – Dyslexia in children(2026 年 3 月レビュー)
- NHS.uk – Learning disabilities: Diagnosis
- GOV.UK – Children with SEND: Extra help(EHC plan)
- GOV.UK – Special educational needs support
- Department for Education / NHS England – SEND Code of Practice: 0 to 25 years(2015)
- DfE / Help for early years providers – The four broad areas of need
- NHS Shropshire, Telford and Wrekin – Learning Disability Assessment Pathway: Children 0–18 years Position Statement
- NHS England – Find out more about the Learning Disability Register